|
===================================== 〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。 ・ 霊 : [れい] 【名詞】 1. soul 2. spirit 3. departed soul 4. ghost
霊視(れいし)とは、霊的に見ること、つまり肉体的な感覚器は用いずに見ること、あるいは霊的な存在を見ることである。 こうしたことに特に秀でた人は霊能者と呼ばれている。 == 概説 == 美輪明宏が自著でこれについて説明している。 美輪明宏は、霊能者が「霊を見る」と表現することについて、以下のように説明した 。 「霊を見る」というのはどこで見るかというと、大脳のスクリーンで見ているとし〔、ちょうど、夢というのが肉眼を用いずともはっきりと映像として見えるのと同じことだという〔。 霊能者によって見え方というのは様々であり、異なっているという〔。霊能者といわれる人たちの多くは、目を半眼にする(少しだけ開ける)かあるいは閉じると、大脳のスクリーンに映った映像を読むことができる〔という。そうしておいて、そのスクリーンに映った映像で判断をする〔という〔《注》もともとあちら側に何らかのメッセージがあるのだが、それを伝えるのに(苦肉の策で)映像が用いられており、霊視する側はその映像で表現されなければならなかった元のメッセージを、洞察力を用いて推察する必要がある、謎解きをするような面がある、ということを江原啓之は自著で解説している。〕。これが顕著にわかる人を我々は霊能者と言っているのだという〔。 夢を見ることができるということは、すでに霊的な能力を持っているということだ、と美輪明宏は説明した。ただし、それを信じることができるかできないかが問題なのだという。ほとんどの人は「夢だから信じない」と思ってしまったり、「変な夢を見たわ、正夢かしら」と思う程度でそれを忘れてしまう〔。そのようにして人々は自分たちの能力を見過ごしてしまっている、というのである。 目の開きかたについて、美輪明宏は次のように説明した〔。仏像を例に挙げ、目を開いているのはお不動様か仁王様くらいのもので、「他の仏様というのはほとんど半眼で、目を半分だけ開いています」と示唆した〔。(ちなみに霊視しようという時には半眼にするのがコツだということについては、美輪明宏はテレビ番組『オーラの泉』に出演中にも述べたことがある。半眼にして25メートルほど先をぼーっと見ているとやがてそうした映像が見えてくる、といった主旨のことを視聴者に対して説明した。) 霊視に様々な見え方があるということに関しては、まるで実際の肉眼で見えるような見え方をする霊能者もいれば、まぼろし(イリュージョン)として見える霊能者もいるという〔。 美輪明宏自身の見え方に関して言えば、ちょど普通の人が《思い出す能力》を持っているように、思い出している時と同じような見え方がしているという〔。例えば読者がパソコンの画面を見ている時、肉眼は画面を見ているわけだが、それでも「小学校の時の音楽の授業風景を思い出しましょう」と言われれば、肉眼ではなく脳のスクリーンに音楽の授業を受けていた時の教室の風景がはっきりと映る〔。「霊を見る」とはそのようなものだという〔。 また、霊の声が聞こえるという場合でも、その声というのは(肉の)耳で聴くのではないという。上の音楽の授業の例で言えば、授業を思い出せば、学校の好きだった先生、嫌いだった先生や、子供たちの声がしっかりと聞こえることに言及しつつ、「 それはどこで聴いているのでしょう 」、と美輪は読者に熟考を促している〔。 さらに、こうした説明をしても理解できない読者の理解を促すため、美輪明宏は霊を見ることを《タイムスリップする》とも表現していると述べた。ちょうど《思い出す》行為が時間を超えて大脳のスクリーン上に現出させるように、霊の世界には時間と空間が無いから、霊を見ることはいわば時空を超えるということであり、霊を見ることというのは、肉体はここにあるけれども瞬時にして時間を超えて思い出すということ、と説明した〔。 なお、実は人間にはそういう能力があるというのに、人間というのはそうした能力のことは何となくボンヤリと、ただいい加減に思っているだけだし、科学者もしっかりと研究しようとも思っていない、と美輪明宏は指摘した〔。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「霊視」の詳細全文を読む スポンサード リンク
|