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青木得三 : ミニ英和和英辞書
青木得三[あおき とくぞう]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [あお]
 (n) 1. blue 2. green 3. green light
青木 : [あおき]
 (n) 1. Japanese laurel 2. spotted laurel 3. aucuba japonica 4. live tree
: [き]
 【名詞】 1. tree 2. wood 3. timber 
: [とく]
  1. (adj-na,n,vs) profit 2. gain 3. interest 
: [み]
  1. (num) three 

青木得三 : ウィキペディア日本語版
青木得三[あおき とくぞう]
青木 得三 (あおき とくぞう、1885年2月26日 - 1968年7月31日) は日本の文官経済学者。専門は財政学秋田県南秋田郡秋田町(現・秋田市)生まれ、東京帝国大学法科大学卒。
== 略歴 ==
1885年(明治18年)2月26日 (戸籍上は3月26日)、秋田県南秋田郡秋田町中島中丁にて出生。父青木定謙角館町出身の官吏で、少年時代は父の転勤に伴って転居を繰り返した。旧制新潟中学校(現 新潟県立新潟高等学校) から旧制第一高等学校(旧制一高)を経て1909年(明治42年)東京帝国大学法科大学を首席で卒業した〔戸田金一「青木得三」『秋田大百科事典』(1981)pp.2-3〕。
大学卒業後は大蔵省(現財務省)に入省し、1918年(大正7年)、第一次世界大戦に際しドイツなど4か国に対する講和条約の、財政経済や賠償条項の起草専門委員としてロンドンパリに駐在した〔。帰国後は若槻禮次郎浜口雄幸の両大蔵大臣の秘書官をつとめ、1929年(昭和4年)には大蔵省主税局長を務めた〔。
1931年(昭和6年)に大蔵省を退官後、報知新聞社の論説委員を務め、また大蔵省の依頼により各地で講演を行っている。傍ら、中央大学法学部の依頼を受けて、財政学の講義を行っていた。この縁により、第二次世界大戦後の1948年(昭和23年)9月に中央大学商学部長、1949年(昭和24年)4月に同経済学部長となった。晩年は、千葉商科大学教授を務めた。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「青木得三」の詳細全文を読む




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