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項 英(こう えい)は中国共産党の活動家。幼名は項徳竜、化名は江鈞、張成。 == 生涯 == === 経歴 === 当初は労働組織担当、国共内戦が始まると政治および軍事指導者として活動した。中国共産党の中華ソビエト共和国時代には中央執行委員会副主席の地位に就いていた。 長征が開始された1934年10月、項は共産党長征軍が国民革命軍による包囲を突破するための引き延ばし作戦実施のために後方に留まった。項が江西に留まって国民革命軍に対するゲリラ作戦を展開している間に毛沢東を指導者とした共産党長征軍は延安を目指した。 1937年7月に日中戦争が勃発し、国民党と共産党による第二次国共合作が宣言されると、項のゲリラ隊は合法の戦闘部隊である新四軍の中核になった。この軍は日本軍の戦線の後方で軍事行動を行い、延安の共産党指導部と南京から重慶に移動した国民党指導部の両方から命令を受けるようになっていた。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「項英」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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