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頓所式1型(とんどころしきいちがた)〔「頓所I型」などとも呼ばれる。〕は、日本で初めて飛行した国産ハンググライダー(懸垂式滑空機)。飛行家頓所好勝によって1937年(昭和12年)に製作された。 == 経緯 == 長野県の中野で生まれた頓所は、尋常小学校の四年生だった大正後期から模型飛行機の製作に没頭していたが、1933年(昭和8年)頃に自宅近くの上田に飛来したドイツ製グライダーである機の影響を受け、グライダーの自作を決意。模型飛行機の製作経験と、ドイツ語の原書を購入した航空機製作の指南書『ゲッチンゲン研究ノート』(''Ergebnisse der Aerodynamischen Versuchsanstalt zu Göttingen'')を参考としつつ設計を開始し、1935年(昭和10年)末にハンググライダーとして設計がまとまった。機体の製作は自宅2階の使われなくなった蚕室で行い、1937年春に機体を完成させた。 航空局の検査を一回で通過した後、頓所式1型は頓所の操縦によって1937年3月10日に下高井郡延徳村で初飛行に成功。続いて4回ほどの試験滑空を行った。その後、頓所は頓所式1型を母校である須坂中学校に預けた後、立川飛行機勤務を経て航空局航空試験所の検査官となったが、頓所式1型による飛行は継続し、保管場所を須坂中学校から霧ヶ峰グライダー研究会(霧研)の格納庫に移した後の1943年(昭和18年)2月11日には、霧ヶ峰にて雪上での飛行実験を行っている。しかし、1945年(昭和20年)の太平洋戦争終戦に伴い、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)によって発せられた飛行停止命令を受け、頓所式1型は霧研が保有していた他のグライダーとともに焼却処分され、失われた。 戦後、頓所は新たに比較的通常のハンググライダーに近い無尾翼型の頓所式II型 マイウィングを製作し、1976年(昭和51年)に初飛行させた。さらにモーターハンググライダーである頓所式III型の構想もあったが、こちらは設計が固まらないまま終わっている。また、1938年(昭和13年)ごろには頓所式1型を発展させた人力飛行機も計画されていた〔24.頓所好勝 - 滑空史保存協会公式サイト。〕。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「頓所式1型」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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