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飯田 俊助(いいだ としすけ、1846年9月30日(弘化3年8月10日〔) - 1914年(大正3年)3月23日)は、日本の陸軍軍人、華族。最終階級は陸軍中将。男爵。 ==経歴== 山口県出身。長州藩家老福原家家臣・飯田直規の四男として生まれる〔『平成新修旧華族家系大成』上巻、83-84頁。〕。奇兵隊に入隊し戊辰戦争に従軍した〔。 1873年(明治6年)2月、歩兵少尉に任官。1894年(明治27年)11月、歩兵第20連隊長となり、翌月、歩兵大佐に昇進。1896年(明治29年)10月、歩兵第15連隊長へ異動。 1898年(明治31年)10月、陸軍少将に進級し歩兵第11旅団長に就任。日露戦争に出征し、遼陽会戦、沙河会戦に参加。1905年(明治38年)2月、陸軍中将に進み、戦病死した松村務本中将の後任として第1師団長に親補され、奉天会戦を戦った。1906年(明治39年)2月3日、後備役に編入〔『官報』第6777号、明治39年2月5日。〕。1909年(明治42年)4月1日に退役した〔『官報』第7766号、明治42年5月18日。〕 1907年(明治40年)9月21日、日露戦争の功績により男爵の爵位を授爵し華族となった。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「飯田俊助」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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