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飯田房太 : ミニ英和和英辞書
飯田房太[いいだ ふさた]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [めし]
 【名詞】 1. (sl) meals 2. food 
: [た]
 【名詞】 1. rice field 
: [ぼう, ふさ]
 【名詞】 1. tuft 

飯田房太 : ウィキペディア日本語版
飯田房太[いいだ ふさた]

飯田 房太(いいだ ふさた、1913年大正2年)2月12日 - 1941年昭和16年)12月8日)は、日本海軍軍人海兵62期空母蒼龍戦闘機搭乗員として真珠湾攻撃に参加。戦死による二階級特進で最終階級海軍中佐
==経歴==

1913年大正2年)2月12日山口県都濃郡富田村 (現周南市)で旧家の一人息子として生まれた。1925年(大正14年)4月、徳山中学校 (現山口県立徳山高等学校)に進学、1931年昭和6年)4月、海軍兵学校に入学し、1934年昭和9年)11月17日、同校(62期)を5番の成績で卒業した。少尉候補生として艦隊勤務や遠洋航海など実務練習を経て、1936年(昭和11年)4月、海軍少尉任官軽巡洋艦那珂」に配属された。
1936年(昭和11年)12月、霞ヶ浦海軍航空隊の飛行学生となり、1937年(昭和12年)9月、第28期飛行学生教程を修了した。海軍大尉に進級後、佐伯海軍航空隊大村海軍航空隊を経て、1938年(昭和13年)11月、空母蒼龍」に配属された。1939年(昭和14年)、霞ヶ浦航空隊の教官として内地に帰還し、霞ヶ浦海軍航空隊友部分遣隊の分隊長として、海兵66期坂井知行原正日高盛康藤田怡与蔵山下丈二らを鍛えた。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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