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高木 理江(たかき りえ、女性、1983年8月9日 - )は、日本の元バレーボール選手。山口県防府市出身。ニックネームはリエ。 == 来歴 == 小学校4年生からバレーボールを始める。小・中学時代のポジションはレフト。高校は山口県の強豪・三田尻女子高校(現・誠英高等学校)に進学。ポジションはセンター。 後輩の栗原恵らと共に、2000年インターハイ・国体(少年A女子)、翌2001年春高バレー・インターハイを征し、4冠を達成。またこの年の学生東西対抗戦メンバー(西軍)に選出された。 2002年4月、JTマーヴェラスに入団。チームは前年度にVリーグから下部リーグであるV1リーグに降格しており、入団初年度はV1リーグでの戦いであった。同年、全日本代表Bチームに選出。 2005年、第54回黒鷲旗大会から、同年開催されたV・サマーリーグ西部予選にかけての数ヶ月間はライト(セッター対角)に挑戦していたが、同年9月から開催の第12回Vリーグからはレフトに完全コンバートした。この間、ジャンプサーブにも挑戦したが完成度が低く1日で封印した〔後に2006/07V・プレミアリーグで開幕戦からジャンプサーブを披露するが、サーブミスを回避するという観点から、リーグ中盤からは従来のジャンピングフローターサーブへと回帰している。〕。 2006年、第55回黒鷲旗大会終了後、監督の寺廻太からキャプテンに指名される。「簡単に受諾できるものではない」という高木の生真面目な性格から了承の返答は1ヵ月後になったという〔寺廻が高木をキャプテンに指名した理由として、その真面目さとチーム内で有数の練習熱心さ、そして負けない気持ちといったものを挙げている。〕 。結局、2008/09シーズンまで主将を努めチームに貢献した。 2006-07V・プレミアリーグではレギュラーを獲得。真面目かつひたむきなプレーでチームを牽引し、チーム史上初となる決勝進出を果たし、準優勝に導く。2007年5月に開催された、第56回黒鷲旗大会においても3年ぶり3回目の準優勝に貢献した。 2011年5月、退社。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「高木理江」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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