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鯉登 行一(こいと ぎょういち、1891年(明治24年)3月27日 - 1972年(昭和47年)11月16日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。 == 経歴 == 本籍群馬県。鯉登行文陸軍中佐の息子として松山市に生れる。豊津中学校、熊本陸軍地方幼年学校、中央幼年学校を経て、1912年(明治45年)5月、陸軍士官学校(24期)を卒業。同年12月、陸軍歩兵少尉に任官し歩兵第2連隊付となる。陸士生徒隊付などを経て1924年(大正13年)11月、陸軍大学校(36期)を卒業し歩兵第2連隊中隊長に就任。 1925年(大正14年)12月、参謀本部付勤務となり、参謀本部員に異動し、1928年(昭和3年)3月、歩兵少佐に昇進。1929年(昭和4年)12月、第16師団参謀に就任し、第2師団参謀、歩兵第11連隊付を歴任し、1932年(昭和7年)8月、歩兵中佐に進級。同年12月、歩兵第22連隊付(松山高校配属将校)、留守第14師団参謀、第14師団参謀などを経て、1936年(昭和11年)8月、歩兵大佐に昇進し歩兵第77連隊長に就任した。 1938年(昭和13年)3月、陸軍兵器本廠付となり、1939年(昭和14年)3月、陸軍少将に進級した。翌月、熊本陸軍幼年学校長に就任。1940年(昭和15年)11月、第35歩兵団長として日中戦争に出征した。1941年(昭和16年)11月、陸軍中将に進み第7師団長に親補され終戦まで北海道に駐屯。1945年(昭和20年)12月、予備役に編入された。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「鯉登行一」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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