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鳥居清政 : ミニ英和和英辞書
鳥居清政[とりい きよまさ]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [とり]
 【名詞】 1. bird 2. fowl 3. poultry 
鳥居 : [とりい]
 【名詞】 1. torii (Shinto shrine archway) 
: [せい, まつりごと]
 【名詞】 1. rule 2. government 

鳥居清政 : ウィキペディア日本語版
鳥居清政[とりい きよまさ]
鳥居 清政(とりい きよまさ、安永5年〈1776年〉 - 文化14年11月4日1817年12月11日〉)とは、江戸時代中期の浮世絵師
== 来歴 ==
鳥居清長の長男。早くから父に絵を学び、錦絵を作画、美人画に優れており、天明6年(1786年)、11歳の折には「清長實子關清政」の款と「天明六年三月吉日」との書入れのある「女と凧を持つ子供図」を描いている。このように清政は画才もあって将来を嘱目されていたが、寛政7年(1795年)20歳の時、父清長に画業を止められた。これは清長の孫にあたる鳥居清峰が成長するまでの間、鳥居派宗家を預かることになった清長が、画系継承上の争いになることを恐れたためである。
鳥居派宗家三代清満の死後、鳥居家の家業である芝居看板絵は歌川豊春が代筆していた。ところが天明6年(1786年)の顔見世興行の際に、不慣れなため名題役者をひとり書き漏らすという大失態を豊春が起こした。これにより劇場側から再び鳥居派で看板を制作するよう懇望され、また天明8年(1788年)には清満の娘婿松屋の家に庄之助(後の清峰)が生まれていたので、以降清政は中継養子となって画業に携わり、清峰を鳥居家の跡取りとして養育することに全力を注いだ。そして後年、庄之助が鳥居家の跡継ぎと定まったことにより、清政は絵師を廃業させられたのであった。
清政の作品には「江戸紫娘道成寺」などがあげられる。文化14年(1817年)11月4日死去。享年42。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「鳥居清政」の詳細全文を読む




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