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鷲之門 : ミニ英和和英辞書
鷲之門[わし]
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [わし]
 【名詞】 1. eagle (Accipitridae family) 
: [これ]
 (int,n) (uk) this
: [もん]
  1. (n,n-suf) (1) gate 2. (2) counter for cannons 

鷲之門 ( リダイレクト:鷲の門 ) : ウィキペディア日本語版
鷲の門[わしのもん]

鷲の門(わしのもん)は、徳島県徳島市徳島町城内徳島中央公園にある、かつての徳島城城門である。ただし実物は戦失し、現在の門は復元である。古い門は鷲ノ門鷲之門鷲御門などとも。
名の由来は、幕府に「を飼う建物」として申請したためと伝えられるが、出所不明で〔「徳島城」編集委員会 編『徳島市民双書 28 徳島城』本田昇「第三章 徳島城 一 縄張」徳島市立図書館 1994年〕、真偽は定かでない〔河野幸夫『徳島 城と町まちの歴史』聚海書院 1982年〕。
== 旧 鷲の門 ==

=== 建設 ===
堀川の南に位置するこの付近は、徳島城築城時には城外だった。しかしその後、城の南に新しい曲輪「三木郭」(みきくるわ)が築かれ城内となった。その郭の門が鷲の門である。
三木郭・鷲の門が築かれたのは蜂須賀光隆の代 (在 1652–1666) とする文献もあるが、1989年の発掘調査でも文禄慶長期 (1592–1615) と推定される滴水瓦が出土しており、『阿淡年表秘録』の記述では1603年(慶長8年)に鷲の門に関する記述があるため、1603年にはすでにあったはずである〔。
三木郭には石垣や濠がなく、土倉のような建物で囲まれており、その東の一角に鷲の門があった。城の(南東)の端に位置し、東に面した、表口見附の門である。
様式は脇戸付き薬医門。南脇には御番所があった。
南北に伸びる御堀縁に面し、ほぼ正面から徳島本丁筋(現 国道192号)が東へ伸び、淡路街道・伊予街道・土佐街道など主要街道の起点となっていた。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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