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鷹見泉石 : ミニ英和和英辞書
鷹見泉石[たかみ せんせき]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [たか]
 【名詞】 1. falcon (Falconidae family) 2. hawk 
泉石 : [せんせき]
 (n) springs and rocks
: [こく, いし]
 【名詞】 1. volume measure (approx. 180l, 5 bushels, 10 cub. ft.) 

鷹見泉石 : ウィキペディア日本語版
鷹見泉石[たかみ せんせき]

鷹見 泉石(たかみ せんせき、天明5年6月29日1785年8月3日) - 安政5年7月16日1858年8月24日))は江戸時代蘭学者であり、下総国古河藩家老である。名を忠常、通称を又蔵、十郎左衛門。を伯直(はくちょく)。は泉石の他に楓所(ふうしょ)、泰西堂(たいせいどう)、可琴軒(かきんけん)。また、ヤン・ヘンドリック・ダップル(Jan Hendrik Daper)という蘭名も署名に用いている。
 

== 来歴 ==
天明5年(1785年)、古河藩の御使番役・鷹見忠徳(250石)の嫡男として古河城下に誕生する。寛政9年(1797年)、調役給仕として出仕して以降、目付、用人上席、番頭格などを経て天保2年(1831年)には280石の家老(役高500石)に昇進した。譜代大名土井氏は代々幕府の要職を歴任しており、土井利厚利位父子もまた寺社奉行大坂城代京都所司代老中などの要職を務めていた。泉石は藩主に近侍して全国各地へ同行し、これら職務の補佐に務めた。「土井の鷹見か、鷹見の土井か」といわれるほどに、その能力は賞賛を受けた。弘化2年(1845年)、加増をうけ330石となるが翌弘化3年(1846年)に免職となって古河に隠居している。安政5年(1858年)、古河長谷町の隠居屋敷(現:古河歴史博物館の鷹見泉石記念館)にて死没。享年74。墓地は茨城県古河市正麟寺
対外危機意識の高まる中、幕政に当たる譜代大名の重臣という立場から、早くから海外事情に関心を寄せ、地理、歴史、兵学、天文暦数などの文物の収集に努めた。また川路聖謨江川英龍などの幕府要人、渡辺崋山桂川甫周などの蘭学者箕作省吾などの地理学者、司馬江漢谷文晁ら画家、砲術家の高島秋帆、海外渡航者の大黒屋光太夫足立左内潁川君平中山作三郎ら和蘭通詞オランダ商館長(カピタン)のスチュルレル(Johan Willem de Sturler)など、当時の政治、文化、外交の中枢にある人々と広く交流を持って、洋学界にも大きく寄与した。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「鷹見泉石」の詳細全文を読む




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